節分とは文字通り「季節を分ける日」で、本来は立春・立夏・立秋・立冬の前日、1年に4回あります。
その中で立春は新年の始まりとされており、その前日の節分が大晦日であったことから、いつしか節分といえば立春の前日を指すようになりました。
でも旧暦で新年といえば、旧正月がありますよね。
2026年の旧正月は2月17日(火)と、2月4日(水)の立春とは2週間近くのズレがあります。
その理由は、旧正月は立春に一番近い新月の日であるからです。
この記事では節分・立春・旧正月の違いについて、それぞれの意味や日付の決まり方、豆まきの由来をわかりやすく解説します。
立春とは

節分・立春・旧正月の中で、もっとも重要な基点となるのは立春です。
節分は立春の前日、旧正月は立春に一番近い新月の日であり、両日とも立春に基づいて日付が決まります。
立春は二十四節気の一節であり、太陽黄経(見かけ上の太陽の位置)が315度となる日、また、その日から次の節気である雨水前日までの期間のことです。
毎年2月4日頃に立春を迎え、期間としては約15日間あります。
2026年の立春の期間は、2月4日(水)から2月18日(水)までの15日間です。
太陽黄経では春分の0度を起点に、90度で夏至、180度で秋分、270度で冬至となります。
立春は冬至と春分の中間にあたる日で、冬のピークを越えて春に向かい始める頃。
5月5日頃の立夏(春分と夏至の中間)の前日までが暦上の春です。
2月はまだまだ寒く、冬という感じがしますが、日が長くなったことや日差しが温かくなったことに春の気配を感じられますよね。
当サロンの庭では梅の花が咲き、ふきのとうが顔を出しており、春の訪れを感じざるを得ません。


立春と節分の違いと豆まきの由来

節分は本来、立春・立夏・立秋・立冬の前日のことです。
現代では立春の前を意味することが多いですが、それは立春が新年の始まりであり、立春の前日の節分が大晦日であったからです。
陰陽五行の考えでは季節の変わり目に邪気(鬼)が生じ、陰の冬から陽の春へと変わる立春は特に強いエネルギーが流れているとされていました。
そのため立春の前夜、つまり大晦日の夜に鬼を払う「追儺」という儀式が古くから中国の宮廷で行われており、日本では慶雲3(706)年に始まったことが『続日本紀』に記されています。
豆まきがいつ始まったのかははっきりしませんが、室町時代には行われていたようです。
「鬼は外、福は内」と唱えながら豆を投げていたことも、『臥雲日件録』という室町時代中期のお坊さんの日記に記されています。
なぜ豆なのかは、魔滅の語呂合わせであるとか、中国の医学書に「大豆は鬼毒を殺し、痛みを止める」と書かれていたから、といった説があります。
大豆に他にも、米、麦、粟、炭などが鬼払いの儀式に用いられたこともあったようで、五穀の中でも手に入りやすく、大きさがちょうどいい豆が適当だったのかもしれません。
豆に邪気(鬼)を払う効果があると、信じるかどうかはあなた次第。
私は純粋に豆まきが楽しいのと、「鬼は外、福は内」と口に出すことで、言霊の力で運気が良くなると信じているので今年も豆をまきます。
ちなみに豆まきに使う豆は、生の大豆ではなく炒った豆です。
まいた豆から芽が出ると縁起が悪い、炒る=射るで縁起が良いといわれています。
年齢の分だけ食べたり、年齢+1個を食べたりする年取り豆の風習は、地域や家庭によって異なるようです。
満年齢ではなく数え年(生まれた時を1歳として、元旦=立春に年を取る)が長らく使われていたことから、個人的には数え年の分を頂くのがいいかなと思っております。
立春と旧正月との違い

旧暦の新年といえば、立春よりも旧正月を思い浮かべますよね。
実際に中国や韓国では旧正月前後に大型連休があり、日本への旅行者もたくさん来ることから、旧正月の方が目立っていると思います。
旧正月の日付は、月の満ち欠けで決まります。
立春の日に一番近い新月の日が旧正月です。
太陰暦では新月の日が朔日であるため、旧正月(1月1日)が立春の日と一致することはなかなかありません。
旧正月と立春が重なることは「朔旦立春」といい、前回の朔旦立春は1992年で、次回はなんと2038年。
非常に珍しい日であり、とりわけ縁起が良い日とされています。
旧正月よりも前に立春を迎えることを「年内立春」、旧正月の後に立春を迎えることを「新年立春」といいます。
2026年の立春は2月4日(水)で、旧正月は2月17日(火)です。
2026年2月4日は旧暦12月17日であり、まだ年が明けていないため「年内立春」となります。
- 2026年の節分・立春・旧正月
-
- 節分:2026年2月3日(火)
- 立春:2026年2月4日(水)
- 旧正月:2026年2月17日(火)