寄り道スポット

安康の松跡(宗像市吉留)|465年、安康天皇にまつわる松の跡

保坂 美佳

宗像市城西ヶ丘のリラクゼーションサロン「ふわかるにこ」です。

当サロンには、福岡市や北九州市など、遠方から通われているお客様もいらっしゃいます。せっかく宗像まで足を運んでくださるなら、寄り道も楽しんでほしい! そんな思いから、宗像周辺の寄り道スポットを紹介しています。

今回ご紹介するのは、宗像市吉留にある「安康の松跡(あんこうのまつあと)」です。安康とは第20代天皇・安康天皇のことで、安康の松はなんと1500年以上も前、465年に植えられたそうです(パワー!)。Googleマップでも出てこなかった(私が登録しました)安康の松跡の場所と由来を紹介します。

安康の松跡の基本情報

木々に囲まれた安康の松跡と「安康の松」の銘碑
安康の松跡
名称安康の松跡(あんこうのまつあと)
住所福岡県宗像市吉留(武丸交差点から八所宮へ向かう道沿い)
アクセスJR鹿児島本線「教育大前駅」から車で約10分(約3.0km)

安康の松跡の由来

安康の松の由来と、かつての松の写真が載った案内板
安康の松跡の案内板

現地の案内板によると、465年、第20代天皇の安康天皇は、中臣利盛を勅使として遣わし、八所大明神へ朝廷の繁栄を祈願しました。その際に、神さまへのお供えをした証として、2本の松が植えられたそうです。

中臣利盛について詳しいことは分かりませんでしたが、中臣氏といえば、藤原氏の始祖となる中臣鎌足の氏族で、古代より朝廷の神事をつかさどっていたとされています。八所宮の由緒記によると、八所大明神は古くから朝廷の信仰が厚かったとのことで、この地に中臣利盛が派遣されたのでしょう。

2本の松は「相生の松」「安康の松」と呼ばれました。2本のうち1本は戦後も残っており、高さ約30メートル、幹回り約6メートルにもなったそうです。しかし、昭和31年(1956年)に枯れてしまい、現在は根株の一部が八所宮の境内に展示されています。

安康の松跡への行き方

武丸交差点の鳥居から八所宮へ

民家が並ぶ道の入口に立つ、「八所宮」の額が掛かった大きな石の鳥居
武丸交差点に立つ八所宮の鳥居

安康の松跡は、福岡県道29号直方宗像線の「武丸交差点」から八所宮へ向かう道沿いにあります。鳥居をくぐって道なりに進みます。

分かれ道の案内板

安康の松跡と平家二位の尼の墓を示す分かれ道の案内板
安康の松跡と平家二位の尼の墓への分かれ道

少し歩くと分かれ道があり、右に行くと「平家二位の尼の墓(約1分)」、左(道なり)に行くと「安康の松跡(約2分)」という案内板があります。せっかくなので、両方とも寄り道してみましょう。「平家二位の尼の墓」については別の記事でご紹介します。

緑色の案内板

安康の松の由来と、かつての松の写真が載った案内板
道沿いに立つ安康の松跡の案内板

道なりに歩くと、安康の松跡の緑色の看板があります。案内板には、かつての松の写真も載っています。

安康の松跡

木々に囲まれた安康の松跡へ上る石段
安康の松跡へ続く石段

案内板のそばから石段を上ると到着です。「安康の松」と刻まれた碑があります。道路からちょっと上っただけなのに、異世界感があって気持ちいいです。広々としていないのも逆にいい(パワー!)。

	木々に囲まれた安康の松跡と「安康の松」の銘碑
「安康の松」と刻まれた銘碑
松の木や銘碑が見える安康の松跡
安康の松跡の様子

ふわっとかる~くにこっと寄り道

ふわかるにこから安康の松跡までは、車で約20分(約7.4km)です。本数は多くありませんが、コミュニティバス(吉武・赤間地区)で向かうこともできます(吉武コミセン下車後、徒歩約10分・約650m)。

ご予約前にご相談いただければ、JR赤間駅またはお近くのバス停まで送迎もできます。お車でお越しでない方も、LINE公式アカウントからお気軽にご相談ください。LINEお友だち限定クーポンも配布しておりますので、ぜひご利用くださいませ。

リラクゼーションサロンふわかるにこへのご来店を、心よりお待ちしております。

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保坂 美佳
保坂 美佳
リラクゼーションサロンふわかるにこ 施術者
保健師・看護師として医療の現場で働くなかでネッシンと出会い、2022年に宗像市城西ヶ丘でふわかるにこを開業。日本ネッシン協会認定施術者。お一人おひとりのお話とお体に、じっくり丁寧に向き合ってまいります。
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